作成日:2019/01/19
心の通信H31年1月13日《日本こそが、世界に新しい時代を切り開く鍵となる》



 新しい年を迎えた。5月には新しい天皇陛下のご即位の儀が執り行われ、翌年にはオリンピックやパラリンピックが開催される運びとなっており、日本は否が応でも世界中の耳目を集めるところとなる。

 今世紀に入って、なお、厳しさを増す人類文明の営みのさなか、変革の岐路に立つ世界が、はたして、どのような方向に向かって歩みを進めなければならないのか、世界に類い希なる列島と文化の醸成を有する日本は極めて大きな責務を帯びていると感じてならない。

 世界の歴史上、かつて、縄文時代のような、数万年もの間、戦争もなく平和で、自然と共生しながら、文字を持たない文明が、高度な技術や文化を持ち続けたという事実が次第に明らかになる中、その文明の有り様を世界が注目している。

 その縄文文化がいかにして消え去り、その後台頭してきた大陸の文明が、いかに日本を席巻し、飲み込んでいったか。それ以降、日本においてさえ、部族、領土、国家を形成する中、おぞましい搾取や侵略による権力拡大のための戦争と破壊・虐殺に基づく平定と退廃と反発を繰り返し、憎しみと悲劇に満ちた争いの歴史を繰り返してきたことか。

 しかし、それでも、日本は海に囲まれた国ということもあって、必ず、異国の文明の荒波に晒されながらも、必ず、潜在的に有する日本人特有の民族的資質により、異国の文化を飲み込み、醸成し、発酵させ、新たなものを生み出す文化を築き上げることで、世界に多大な影響を逆に及ぼしてきたのも事実である。

 では、日本人が有する独特の資質とは何か。それは、天地自然に対する「直感」力であると感じている。元々、日本人はこの直感力が極めて豊かな民族であったが、それは天地自然との共生というアニミズム的気質にあった。現象の背後に見えざる霊性(潜象)を感受し、あるがままの現象界に即応しつつ、天変地異的変動すら受け入れつつ、悠久の自然の中で対応し、いのちを生き通していた。それは汎神論的広大な広がりの中で、天地自然の万物に「こころ」が宿り、それらと絶えず向き合い、対話し、心を通わせながら培われていた自他一如の感受性に他ならない。天地宇宙や自然や大地。海や空。山や川、草木・大地・磐・・・全てと心を通わせながら、その中で、人としての成長と生業と共生について対話し、直感しながら生きていた。

 その、日本人の独特の感受性を「日本書紀」が語る。しかし、皮肉なことに、「日本書紀」は、その古来から有する日本人の感受性を未熟にして愚鈍なる感受性として廃絶してしまった。

 それはともかく、いにしえの日本人の気質がどうであったか。

 「日本書紀」神代下のなかで、次のように言い表されている。

 天照大神之子正哉吾勝勝速日天忍穗耳尊、娶高皇産靈尊之女栲幡千千姫、生天津彦彦火瓊瓊杵尊。故、皇祖高皇産靈尊、特鍾憐愛、以崇養焉、遂欲立皇孫天津彦彦火瓊瓊杵尊、以爲葦原中国之主。然、彼地多有螢火光神及蠅聲邪神、復有草木咸能言語。故、高皇産靈尊、召集八十諸神而問之曰「吾、欲令撥平葦原中国之邪鬼。當遣誰者宜也。惟爾諸神、勿隱所知。」僉曰「天穗日命、是神之傑也。可不試歟。」於是、俯順衆言、即以天穗日命往平之、然此神侫媚於大己貴神、比及三年、尚不報聞。故、仍遣其子大背飯三熊之大人大人、・・・・

 訳文:

 天照大神の御子正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊は高皇産霊尊の娘栲幡千千姫と結婚されて、天津彦彦火瓊瓊杵尊をお生みになられた。それで、皇祖高皇産霊尊は特にかわいがり、崇めて養われた。ついに皇孫天津彦彦火瓊瓊杵尊を葦原中国の主にしようと思われた。しかし、その国はたくさんの蛍の輝くような神、また蠅の音のような妖しい神がいた。また草木がことごとく、よく物を語った。高皇産霊尊はたくさんの神を集めて、聞かれて申すには「私は葦原中国の悪しき神を追い払って、平らげようと思う。まず誰を遣わせばいいだろうか。それで神たちよ、知っているところを隠さずに教えてくれ。」と申した。皆申されるには、「天穂日命、この神が勇ましい。試してみてはどうだろう。」と申した。皆の奏上に従って、天穂日命を向わせて平らげようとした。しかし、この神は大己貴神に媚びて、三年が経っても帰ってこなかった。それで、その子の大背飯三熊之大人、大人、これをウシという。またの名を武三熊之大人を遣わせた。此云于志、亦名武三熊之大人。・・・・・・

 この「その国はたくさんの蛍の輝くような神、また蠅の音のような妖しい神がいた。また草木がことごとく、よく物を語った。」(筆者註:これは、この国の人々が草木にいのちのヒビキを感受し、心を通わせていたと言うことなのだが・・・・)

 この段は、一説によると、「アシアトウマン」という部族の長が治める国が「葦原中国」であったが、数万年続く一族ではあったが、文字を持たず、天地自然との感応同交により、素朴に、かつ平穏に暮らしていた部族であった。それに対し、当時、大陸の文明の潮流を先進のものとして、それによる朝廷の統一をはかろうとする部族が強大な権力を掌握しつつあり、この部族は、従来のアニミズム的な縄文の名残を有する文化を蔑視、近代化を図るには、こうした未熟な呪術制を排して、大陸の高度な文字文化による律令国家体制に範を倣い、国家に従うか、それとも、戦争するかを迫ったが、「アシアトウマン」一族は争いを望まず、広く山野に散った。体制側は愚劣蒙昧な魑魅魍魎「アシアドウマン」を滅ぼしたとする。この説は正しいかどうかは小生の力では、全く定かではない。「アジア」というのはこの「豊葦原中国」から広がったとも言われているし、小生には縄文以前から文字を持たない日本人の源流がこの「アシア」にあるのではないかというヒビキがあって、現代の地球上の危機において再燃しているような気がしてならない。史実も大切であるが、こうした人間の心の奥にある深い感受性、直感力が待たれている。

 それはともかく、このアニミズム性を蔑視する傾向は、いわゆる絶対なる神を標榜する文明では、神の下に人間がいて、その下に万物があるという構図であるが、この文明は、絶対者を神に置くか、イデオロギーにおくか、為政者の支配権に置くかの違いにすぎない。彼らの文明は、「はじめにことばありき」で示されるように、言語文字文化に「掟」や「契約」に基づき、協定や条約を交わし、念頭にあることは、先ず自分を優先し、国家や民族、正義というイデオロギー、神の名のもとに、利益拡大を志向する。契約の背後には、絶えず、裏切りか恭順か、同盟か対立か、大義や大国という巧妙な庇護と圧力を繰り返しながら、統一を図ろうとする。何時の時代にあってもこのような論外な構造が幅をきかせ、そこから脱出することは極めて困難であるのは、彼らが絶えず権力という暴力を振るうからである。

 現代において、世界は再び、こうした傾向が強化される方向にブレてきた。世界の自滅への流れは、果たして止めうるのであろうか。結局、最悪の事態に直面して、初めて愚行に気づくのであろうか。それとも、人類はもっとしたたかで知恵があるのであろうか。

 この新しい年に、日本天皇の御譲位が執り行われることは、まさしく世界にとっては神業なのかもしれない。こうした世界の潮流に対し、日本に生きるわれわれが果たさなければならない方向と施策とその役割はかなり明らかであるのではないか。戦争による侵略の悲惨さ、被爆国日本、前代未聞の原発事故を起こしてしまった日本の果たすべき役張りははっきりしている。

 しかし、その役割とは、単にアニミズムや自然礼賛だけのエコロジー運動の「幼児返り」であってはならないのも確かである。それだけでは、もう、ここまで破壊されてきた地球の自然環境を回復させるには限界がある。人類の天地自然に対する叡智、則ち直感がなければこの問題に対処することは難しいようだ。今に生きる人類が地球規模で総力を挙げねばならない時期に、自分のことのみに汲々としているわけには行かないことだけは確かであるのに、そこが通らないのは由々しきことではないのか。

 縄文時代以前から培われていた、「見えざる世界と現象の天地宇宙自然との直感による共生ありかた」が幾多の変遷を経てもなお今日において奇跡の列島日本の人と自然との美しさ保つ日本。五七調のヒビキと直感を根底に有する日本人の文化の源泉こそが、今こそ、世界に注目してもらわなければならないものであろう。傀儡文明に踊らされて、ごたまぜの文化に沈んでいてはならないのかもしれない。

 これらのことを当たり前のこととして、日々、自戒し、この国の古くから有している歴史と文化の源流への自覚と誇りを持つべきであろう。

 世界に対して、独りひとりが新しい時代を切切り開く潮流、則ち、全てに心が宿っていることを感受する人間として、たとえ、全くの非力ではあっても、心を尽くして生きていきたい。そういう新年であるのではないだろうか。

萬歳楽山人 龍雲好久

 

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